『ケルト妖精物語』

しばらく前に『ケルトの神話』(井村君江)を読んで、その本が面白かったからなのか、面白くなかったからなのかわからないけど(笑)、いくつかもっと原典に近いケルトものを買ってみた。そのひとつが、W.B. イエイツ『ケルト妖精物語』(東京:ちくま文庫、1986)

W.B. イエイツがアイルランドの民話を収集したものの翻訳。ところどころに、イエイツの説明文が付されている。アイルランドの超自然ものは、大学一年生のときに、有名な演劇の先生に、イエイツの降霊術ものとシングの幽霊ものを習って以来、20年ぶりに読む。

ものすごく初歩的な感想で申し訳ないのだけれども、この文庫の表紙をかざっているような姿の妖精、つまり、手足が細くて、背中には美しい蝶の羽があって、薄い衣装の下に白い少女の裸体がのぞいている「妖精」なんて、この本には一人も出てこない(笑)。初老のおじいさんだったり、なかば動物だったり、あるいは年齢不詳だったりで、可憐な妖精は近現代の挿絵作家が作り上げたもので、妖精のポピュレーションのなかには実在しないか、いてもアイルランドではごく少数派らしい(笑)。マリーナ・ワーナーの本を読むと、このあたりが説明されているんだろうけど。

日本の民話とは、「おち」の呼吸がだいぶ違うけれども、すごく面白いものもあった。海の底に「人魚」(これもアンデルセンの童話に出てくるような悲恋に涙するような美女ではなくて、年齢は1000歳くらいの老人である)が、かごに入れて死んだ人間の霊魂を蓄えていて、老人に特上の「ポーティン酒」をふるまって酔いつぶし、その隙に霊魂を解放する話もよかった。一番記憶に残るのは、口を利く死体を背負って、それを埋葬するために真夜中に教会の墓地を回る男の話。どの教会の墓地を掘っても、そこはすでに埋められた死体でいっぱいで、穴を掘るとゾンビが起き上がってきて文句をいう。男は一晩中、谷間と丘を歩いて、死体が指差す方向に歩いていっては、墓地を掘り返し、明け方にとうとう死体を安らかに埋めることができる墓地を見つけるという話。