シュレーバー回想録

前にも何回か記事にしたと思うけど、必要があって、シュレーバーの回想録を読み直す。文献は、D.P. シュレーバーシュレーバー回想録』、尾川・金関訳、石澤誠一解題で平凡社ライブラリーから出ている。数日前にも似たようなことを書いたけれども、この20世紀の古典が、緻密な訳注に年譜、文献案内までついて文庫版で出ていることに心から感謝する。だいぶ古い英訳もあるけれども、訳注はほとんどないし、この版のほうがずっとお得である。

テキストの性格をもういちど。19世紀末のライプツィッヒの司法官僚であった精神病患者が、禁治産処分を受けることになったので、それに異を唱えて、禁治産を差し止め、精神病院を退院して家に帰してもらうために、自分の身に起きていることを説明して出版した書物。タイプとしては、精神病という烙印を押された患者が自分は正気であることを証明するために書いた、「正当性証明」のジャンルの書物である。ところが、シュレーバーが説明したことは、神や、彼を治療している精神科医が、彼の身体に光線を送り込んで「神経接続」し、彼の身体を女性化したので、自分は女性のような受身のセックスの官能の快楽を味わっているのだとか、その類の妄想で埋め尽くされていて、彼の狂気を疑問の余地なく証明するものだったので、彼の家族は、この上ない恥辱として、出版された書物を回収して処分した。(身内に精神病患者がいることを恥としてこれを隠蔽したことはしばしば批判されて、私はその批判には同意するが、身内の精神病患者の妄想の内容をつぶさに知られることが家族にとって耐え難い苦痛だというのは、私は共感できる。)そのため、現存している初版本は非常に少ないという。不可解なことに、彼の訴えは、その結果の部分だけは認められ、彼の禁治産処分は解く控訴は結局成功し、家に帰ることを許されて、奥さんと養子とともに、普通に狂ったまま生涯を終えた。

そういういわくつきの本だけれども、読んでみるとこれは汲みつくせない魅力を持つ本で、多様で深いインスピレーションを20世紀の思想に与えてきたことはよく知られている。フロイト、ラカン、ドゥルーズといった精神分析系の知識人はもとより、精神医学を超えて多くの知識人をインスパイアしてきた。

今回必要だったところではないけれども、19世紀末から20世紀にかけて、ヨーロッパの外で流行したペストとらい病をめぐる恐怖についてのところで、シュレーバーは次のように書いている。

ヨーロッパではまだ現れていないらい病とペストが人類の間に起こり始め、私自身の身体にもあらわれた。らい病は、オリエントらい、エジプトらい、イスラエルらいなどとあるが、これは私の体には、明確な兆候はない。しかし、ペストの前兆のようは、私の身体にもかなりはっきりとした前兆として現れた。ペストには青ペスト、茶ペスト、白ペスト、黒ペストとあり、茶ペストと黒ペストは、体臭の発散を伴った。茶ペストの際には膠のような臭いが、黒ペストの際には煤のような臭いが広がった。

この時代にヨーロッパ人の意識に不気味な影を落としたペストを、シュレーバー閣下は自分の身体と「におい」で感じてしまったんだ。