植民地精神医学の研究レヴュー

先日読んだフランス植民地の精神医学史研究が非常に優れていたので、同じ著者が書いた研究レヴューを読んでみた。文献は、Keller, Richard C., “Madness and Colonization: Psychiatry in the British and French Empires, 1800-1962”, Journal of Social History, 35(2001), 295-328. 

これまでの植民地精神医学史研究の主な成果を取り上げて、それぞれの強みと弱みを紹介し、焦点になっている問題点などをまとめたレヴューである。取り上げられている書物は、かなり読んでいたけれども、こういう形でまとめてあると、頭の中に研究の鳥瞰図を作るのに役立つ。全体としては、博士論文の第一章の研究史のまとめのような雰囲気もあるけれども、とてもためになるレヴューだと思う。

一番読み応えがあったのは、アフリカにおける民族精神医学の形成のダイナミックスに触れている部分であった。19世紀には、植民地に出向いた本国人の精神病への関心が中心であったが、20世紀になると帝国主義の影響のもと、「民族精神医学」が現れて、植民地の原住民の精神病を治すというより、それを通じて原住民のノーマルな精神を研究する方向に重心が移る。それとともに、西洋の文明の影響を受けて土着文化から遊離したアフリカ人がそもそも病理的な状態であるという考え方が現れる。これは、アフリカ人のうちでヨーロッパと接触したエリート層のほうが病理的な精神を持っているという逆説的な説を生み、一方でヨーロッパ文明をもたらすことが持つ悪い影響を描き出した。このあたりは、日本の精神医学者やエリートたちの自己意識と重なる部分もあって、ちょっとヒントになった。ある研究者はそれを「内なる植民地化」と言っていて、聞いた当時はぴんとこなかったが、そうか、こういうことだったのか。

総じてすぐれたレヴューで、たぶん20世紀の精神医学の歴史の大学院ゼミの必読文献になっていると思うけど、冒頭に「植民地精神医学の歴史は、フーコーとサイードのそれぞれの問題意識が出会う場である」という言明を置いたのは、それはそのとおりだけれども、ちょっとやりすぎというか、大道の物売りじゃないんだから、という気がするのは私だけだろうか?(笑) 私自身も精神医療の歴史の研究者だけれども、それが重要であることを人に説明するときに、「それはフーコーが問題にしたことだから」と説明したことはないと思うけれども。