病気の歴史とは何か

同じく新着雑誌から、「病気の歴史」のポテンシャルを論じたエッセイ・レヴューを読む。文献は、Hardy, Anne, “A New Chapter in Medical History”, Journal of Interdisciplinary History, 39(2009), 349-360.

昨今の医学史という学問において「病気の歴史」の影が薄くなりかけていた。色々な理由があるけれども、医学部出身・所属ではない医学史の研究者が増えてきて、「病気」から出発して問題を立てるという方法が、「実態としての病気があり、それを解決する医科学・医療がある」という古い医学史のエッセンシャリストな視点と近いものを感じさせ、構築主義に親和性を感じる人文社会系の学問を背景に持つ研究者に敬遠されたという事情があるのだろう。私も出身は人文社会系だけれども、学問的に雑食動物だから(笑)、「病気の歴史」に特に問題を感じないどころか、「病気と患者がいないと医療は成り立たない」というのは当たり前のことだと想うから、最近は「患者の歴史」だけでなく「病気の歴史」の必要も積極的に唱えていたりする。

そんなわけで、ハーディのこの論文は、私には大いに重宝する論文だし、病気の歴史を敬遠する人たちも読むといい。ホプキンスの新しいシリーズである「病気の歴史」シリーズの新刊の二冊(腎臓病の歴史とマラリアの歴史)を取り上げて、それらを論ずる中で、医学史の新しい方法としての「病気の歴史」の方向性を示唆しているものである。さすがに実力者だけあって、また、この水準が高い二冊の書物にも触発されて、私が思いつきでしゃべるような幼稚な内容ではなく、丁寧に「病気の歴史」の必要と可能性を論じている。この著者のことだから、大見得を切る口上のようなものはない。全体としては、「病気の歴史」は、高度に学際的で、色々な学問の方法と視点をクロスさせる可能性があるという、言ってみればそれほど目新しくないことが、結論めいたものである。しかし、読者をして、自分の胸に手を当てて、自分の研究がこの可能性を生かしているかと問わしめるような静かな迫力をもって書かれている。