1800年のロンドンは清潔か

先日読んでいた検疫についての本で、ちょっと面白い引用があった。Booker, Maritime Quarantine の265ページあたりに出てくる話し。 

ギルバート・ブレイン (Sir Gilbert Blane, 1749-1834)という医者がいる。スコットランド出身で、エディンバラで医学を学び、海軍の軍医として成功した。18世紀の末にイギリス海軍の衛生改革を実施し、特に、長期間の航海で問題であった壊血病の対策として、ライム果汁を水兵に与えることを軍全体で行ったことで名高い。ブレインは1799年に、『検疫の主題に関する書簡等』を出版して、カリブ海のイギリス領で流行し、北米やヨーロッパにも流行を起こしていた黄熱病の原因とその対策について論じている。その中での記述である。

ブレインの壊血病対策は食餌による予防だけでなく、清潔にも配慮するものであった。スコットランドのカルヴィニストであり、世界各地で異教徒の「不潔さ」に出会ったブレインは、「清潔は、道徳と宗教が命じる義務である」という。そして、この清潔さは、流行病を予防する効果もある。流行病の原因は、病原体の接触だけでなく、彼らが「不潔さ」と考えたものが大きな役割を占めているからである。ブレインは、オランダがずさんな検疫にもかかわらず病気の流行がないのはオランダ人が清潔だからであるという。それに続けて、ロンドンが1665-6年のペスト大流行以来、一世紀以上も疫病を免れているのは、ロンドンが清潔だからという。「広々として風通しがよい居住空間、個人のみだしなみが清潔なこと、乾燥していること、そして溝や排水などによる清潔さなどのゆえに、ロンドンが疫病を免れているのは疑いない」と書いている。

いつもの話だけれども、こういう言説は、ロンドンの「清潔さ」について、何を教えてくれるのだろうか? 当たり前のことだけど、これは、検疫無用論・あるいは反対論の枠組みの中で知覚された「清潔」である。