必要があって、ロンドンのセント・メアリー病院(St Mary’s Hospital)の病院史を読む。文献は、Heaman, E.A., St Mary’s: the History of a London Teaching Hospital (Montreal: McGill-Queen’s University Press, 2003). セント・メアリーが一番有名なのは、やはりそこの実験室でペニシリンが発見されたことだろう。1928年の9月28日のその出来事は、医学史の中でも最もよく知られているエピソードの一つである。
「○○病院××年史」という類の書物が日本にもあって、私も時々使うけれども、基本的にそれと同じタイプの書物。ただ、日本の病院史の多くは、資料の抜粋と関係者の懐古談であるのに対し、この書物は、プロの歴史学者で大学の先生にリサーチの段階からコミッションしたものだから、はるかに水準は高い。最近の医学史の研究成果を取り入れて、病院周辺のパディントンの状況、ヴォランタリー・ホスピタルを運営・経営する理事たちと、現場で仕事をする医者たちの対立や、新しい女性の職業となった看護婦との対立などを分かりやすく書いている。一方で、プロの歴史研究者だけでなく、病院の医学校の卒業生などにも喜んでもらおうと考えて書かれている本だから、そのあたりはきっと悩ましいところだったのだろう。