ブラジルと人種の表象


必要があって、熱帯の自然とそこに住む人間がどのように表象されるのかを論じた書物を読む。文献は、Stepan, Nancy Leys, Picturing Tropical Nature (London: Reaktion Books, 2001). 著者はラテンアメリカ優生学の歴史の研究で知られる実力者で、この本にも期待したけれども、まとまった著作というより、それぞれの章が緩やかなつながりを持った論文集の性格が強い。これまでに発表したものをもとにして、一章から七章まで、フンボルト、ウォーレス、アガシ、ブラジルの人種論、熱帯病、シャガ病、熱帯のモダニズムを論じた章が並ぶ。アガシとブラジルの人種論に関する章は読み応えがあった。

1865年にハーヴァードの地理学の教授であったルイス・アガシは、ブラジルへの科学的な調査に出発した。調査の直接の目的はブラジルにおける人種の調査であり、究極の目的はダーウィンの説を反駁することであった。アガシは、ヨーロッパ人、アフリカ人、インディオの三つの「人種」の混血が広く行われている人種のるつぼであるブラジルにおいては、種の退化が進んでいることを証明して、それをダーウィン説の反駁に用いようとしていた。アガシの反ダーウィン説は、すでに科学者やインテリの間では古臭いものになりかけており、このブラジルの人種調査は、彼の輝かしい科学者としての経歴のアンチクライマックスであるとみなされて、これまであまり注目されていなかったが、この調査には、非常に面白いことが二つあった。一つは、この調査には、当時ハーヴァードの学生で、後に有名な心理学者になるウィリアム・ジェイムズが助手として随行していて、その日記を残していること。もう一つ、より重要なことは、これは、人間の人類学的研究に写真が用いられた最も初期の調査であって、アガシは原住民の写真を数多く撮っている。この写真は、多くが裸体であったため、未発表のまま死蔵されて、現在ではハーヴァードの博物館にあるとのこと。

画像は本書より。右側の女性は、裸体の写真を撮られることに対して明らかに困惑の表情を浮かべている。