実験科学は変化しない原理を内包している

必要があって、科学哲学者のイアン・ハッキングが実験装置の役割を鳥瞰した論文を読み直す。文献は、Hacking, Ian, “The Self-Vindication of the Laboratory Science”, in Andrew Pickering ed., Science as Practice and Culture (Chicago: The University of Chicago Press, 1992), 29-64. 著者は独創的な着眼と歯切れがいいシンプルな文章で人気がある科学哲学・科学論者。翻訳も沢山ある。

科学を賛美する人たち(多くは科学者)がしばしば口にするのが、科学というのは民主的で「開かれた」知的営みであるということである。現実はおそらくそうではないだろうが、科学の理念型を記述したものとしては大きく間違っていない。この理念を支える一つの柱が、科学理論というのは本質的に「変化する」ものであるという考えである。それが理論を反証する事実の発見であれ、科学革命であれ、科学理論は「変更される」という特徴を持ち、それこそが科学の本質であると言われた。この論文は、科学理論をその「不安定性」によって特徴付ける立場を論駁し、逆に、実験科学を題材にして、科学理論は実験装置を通じて安定化を獲得するという説を展開している。

科学が実験装置による実験によって発展するようになると、実験装置と科学理論は相互にもたれあうようになる。実験装置はもちろんある理論を検証するという目的を持って設計され製造され使用される。実際に実験をしてみて、理論にフィットしないデータが得られると、それはまず装置の「せいにされる」。装置が不完全だから、理論にフィットしないというのである。そして装置が改良される。これは、理論に合うデータを得られるような改良である。そして、改良が「うまくいった」ことの基準は、その装置から得られたデータが理論にフィットするかどうかである。つまり、科学理論は、実験装置というモノに本質的に依存し、それを通じて自らを安定化させる。この、理論がモノに依存していることを、ハッキングは「マテリアリスト」な立場と呼んでいる。