20世紀のウイルス概念

必要があって、20世紀のウイルス概念の歴史を論じた論文を読む。文献は、Helvoort, Ton van, “History of Virus Research in the Twentieth Century: the Problem of Conceptual Continuity”, History of Science, 32(1994), 185-235.

専門家から見ると笑ってしまうのだろうけれども、ウイルスは「小さい病原体」だと思っている一般人はとても多いと思う。私自身、医学史を研究しているにもかかわらず、ついこの間まで漠然とそう思っていた。1890年代にタバコモザイクウイルス(タバコの葉の病気で、白点状のモザイク模様ができる)が発見されて、1950年代までは、実はその理解と大差ない。当時は、素焼きの濾過器を通過するという意味で「濾過性病原体 filterable pathogene 」と呼ばれていたころには、「濾過できない」「光学顕微鏡で見ることができない」「ホストの細胞なしには増えることができない」という三つの否定的性格によってウイルスが理解されていた。一言で言って、これは細菌学のパラダイムに基づいていて、「通常の細菌ではない」という形での定義であった。しかし、1950年代から60年代にかけて、電子顕微鏡による観察や、DNAの働きが理解されるようになって、積極的な定義が可能になる。その構造は「高分子の核酸」であり、機能としては「時間と空間が変化しても自らを一定に保ちながら、ホストの細胞に寄生して感染を伝達するすることができる」というものである。つまり、ウイルスについては、二つの大きな概念モデルの変化があったことになる。特に、最初の否定的な理解の時代には、先鋭に対立する二つの理解が存在した。一つは、ウイルスは極小のバクテリアであるとするバクテリアモデル、もう一つは、これは生命体というよりも、寄生された細胞が作り出した物質であるという生化学的なモデルである。1930年代には、この二つのモデルが競合してウイルス概念にまとまりを与えていたのは、「それが病気を作り出す」というものであった。しかし、1950年代に入ると、バクテリオファージの観察を通じて、「増殖のメカニズムが似ている」という点に着目して、ウイルス間の相似性が唱えられ、現代にいたるウイルス概念が合意を得ることとなった。