アメリカ移民の医学

必要があって、アメリカへの移民に対して行われた医学検査・健康診断について論じた本を読み返す。Fairchild, Amy L., Science at the Borders: Immigrant Medical Inspection and the Shaping of the Modern Industrial Labor Force (Baltimore: The Johns Hopkins University Press, 2003)

1891年から1930年にかけて、アメリカ合衆国に移民しようとした2500万人の人間が健康診断を受けた。感染症に罹患していたり、遺伝性・あるいは慢性の病気(精神病など)に掛かっている人間が入国して、病気を流行させたり、将来的に公的な負担になることを防ぐためである。医学的な理由で入国を拒否されたのは、移民希望者の0.3%程度で、これは非常に少ないといってよい。また、入国拒否の理由の中で、病気それ自体は重要なものではなく、やはり経済的な自立が見込めないという理由で拒否されたものの割合が大きかった。

しかし、この筆者は、アメリカへの移民に対して行われた健康診断は、医学的な選別や排除というよりもむしろ、アメリカでの生活、特に新産業国の大工場で労働する労働者となるように規律する空間だったと主張する。その意味で、移民の健康診断のプロトコールには、当時のアメリカの価値観、それも労働者はかくあるべしという価値観が反映されているという。筆者が挙げている例は、エリス・アイランドの移民健康診断所の秩序は、一列に整列して、号令にあわせて皆で揃った動きをするという、当時のベルトコンベアーの工場で労働者を規律する方法と同じだという、ちょっと拍子抜けする分析だけれども、これは面白い視点だと思う。

移民の入り口では、このような構造があった。移民の出口―どんな人を移民として出したいかということをコントロールしようとしたときには、いったいどんな構造を考えていたんだろう。

ついでにいうと、私はまだ観ていないけれども『ナツとハル』で有名になった日本のトラホームはここでも大問題で、20世紀の初頭には、眼科の病気でひっかかるのが圧倒的に多い。