「棘には手を触れずに、バラを摘みなさい」


無駄話をする。

チェチーリア・バルトリという、イタリアのオペラ歌手がいる。その艶やかな歌声はファンが多く、ゴージャスな容姿は中年男性の圧倒的な人気を集めている(笑)。私もご多聞にもれず、何枚か彼女のCDを持っている。彼女がわりと最近に出したアルバムで、ローマでオペラが禁止されていた18世紀に、オラトリオという名目で上演されたオペラのアリアを集めた Opera Proibita というCDを聴いていた。その中の有名な曲で、Lascia la spina, cogli la rosa 「棘には手を触れずに、バラを摘みなさい」というヘンデルが作曲した歌があって、これが心に沁みた。

古典文学以来のcarpe rosam の主題で、「あなたは気づかないうちに老いるのだから、若さに満ちた美しい時間を、バラを摘んで過ごしなさい」という内容の歌。色々な解釈と歌い方ができる歌で、老いがまだ遠い先のことである若い娘が、この歌を甘く無邪気に透明な声で歌うという解釈もいいだろう。バルトリは、もっと「手だれ」というか(笑)、陰影がある歌い方で、ため息もたっぷりとこめて、忍び寄ってきた老いを、悲しみをこめて愛撫するような情感の中で歌い上げている。