筆者は、新聞記者から転じて医事評論家の草分けのような存在になった人物で、武見太郎や厚生官僚をはじめ、戦後の日本の医療政策の根幹に関わってきた人々を親しく取材してきた長いキャリアを持つ。そこで蓄積された人間観察やエピソードなどを素材にして、戦後の混乱期―武見太郎の登場と厚生省との抗争―ポスト武見の医師会という流れで、とても分かりやすく読みやすいストーリーに仕立てている。
基本は政治ジャーナリストだから、内輪話のエピソードが満載。武見が吉田茂の家に定期往診にいったときに、そこに大蔵大臣の池田勇人が所用で来ていて、武見が医師に支払われる診療報酬の単価が据え置かれて支払いも遅れていることを取り上げたら、池田が酒を飲みながら、「税金で負けておくからそれで我慢しろ」といって、その後30年間機能して、医師の収入の72%が必要経費であるとする悪名高い医師優遇税制ができたとか、「医療費亡国論」で有名な厚生官僚の吉村仁が、車のトランクの後ろに隠れて田中角栄邸に隠密に訪れて、突然現れて田中に二割の自己負担論を説いたとか、まるでドラマのようなエピソードをうまく使っていた。
同じ筆者の『誰も書かなかった厚生省』(東京:草思社、2005)は、医師会の歴史のような、自然発生的に出てくるフォーカスを持っていない。色々な仕事の脈絡で厚生官僚たちと付き合った思い出話が書かれ、その中にあるべき医療の姿についての議論に触れるという、散漫な構成の書物という印象を与えてしまう。まあ、もともと、そういう形で読ませるだけの豊かなネタを持っているジャーナリストだから、それでいいんだろうな。