長谷川等伯展


国立博物館長谷川等伯没後400年の回顧展を観に行く。東京中の駅に水墨画の「松林図」と金碧画の「楓図屏風」のポスターが貼り出されていたから、大変な混雑を予想したのだけれども、それほどではなく、傑作をゆっくりと楽しむことができた。

石川の七尾の絵仏師として優れた仕事をしたあとで、上洛して当時の絵画界に覇を唱えていた狩野派に学ぶとともに、最終的には狩野派をしのいで、豪華な金碧図を時の権力者のために描くようになる。この部分を取り上げて、「地方から出た一介の絵師が絵筆で成し遂げた下剋上」であると評される。場内のオーディオガイドの音声を担当していた元NHKの人気アナウンサーの松平定知さんは、秀吉の早世した子供の菩提寺に屏風図を描く仕事が、狩野派ではなく等伯に与えられたことを、「その時、歴史が動いたのです」と名調子で語っていた。(笑) 

作品は素晴らしかった。数年来大人気になっている若冲の奇想に較べたときの造形と形象の奇抜さはないけれども、大胆な構図に色彩と様式の妙がある。屏風いっぱいを使った金碧画は、大胆な構図に繊細な植物の叙情を組み合わせていたし、水墨画の背景に金箔を使った「波濤図」は、岩の立体的な面の構成はキュビズム時代のピカソを思わせたし、金箔と様式化された波模様で表現される川の流れはクリムトの絵画のようだった。「松林図」は、私は観るのははじめてだけど、うわさ通りの傑作だった。松平さんの説明もカタログの説明も「質感の表現」を強調していたけれども、これは、質感と言うよりも空間の表現の完成と言ったほうがいいような気がする。巨大な「仏涅槃図」も素晴らしかった。