『中国の妖怪』

必要があって、中国の妖怪の博物誌を読む。文献は、中野美代子『中国の妖怪』(東京:岩波新書、1983)

著者の妖怪の定義はシンプルである。「現実に存在する人間や動物や植物やときには鉱物などが、その現実の形態や生態を超えて人間の観念に現前するもの」を妖怪と定義する。なぜ現実を超えるのかというと、「その時々の規範に応えるから」である。人間の欲望は、既成の規範を破ることによって、いつでも規範的な生き物を想像の中で生み出す。その結果は、反自然の妖怪に他ならない。一つ目小僧のどこが規範なのかと反論されるかもしれないが、人体の調和を破壊することにおいて規範的な存在であると著者は答えている。私にはこれがどういう意味で答えになっているのかというロジックはよく分からないけれども、言いたい問題の所在は分かるような気がする。妖怪が形成される際の原理は、それが形成された時代や文化や場を統御する原理であるというようなことを、「規範に応える」といっているのだろう。ただ、既成の「規範」と、それを破るときにはたらく「規範」という、二つのレベルが違うコードに同じ言葉を使うのは、かえって問題を混乱させるような気がする。

著者は、中国の妖怪の博物誌を編むことよりも、妖怪発生の原理や論理を考えることに本書の重点を置いたという。その点では、龍についての章が一番読み応えがあった。龍という架空の霊獣のイメージに選考して、文様と文字における龍文の形成があった。文様の中で、波のようにうねり、虹のように弧を描き、ウロボロスのように自分の尾を咥えて円環をなす龍こそが、龍の原点である。すなわちもともと龍を形成したのは、美の幾何学であった。線の自在な運動が、たまたま自然界の動物や植物と出会ってその生命を与えられたとき、龍という架空の動物が作られた。これを王権の中に取り込み、王の象徴としてあらゆる力を与えた霊獣に祭り上げると同時に飼いならしたのが、漢の武帝であった。