免疫学における「自己」概念

必要があって、免疫学の思想史の古典的な傑作を読む。文献は、Tauber, Alfred I., The Immune Self: Theory or Metaphor? (Cambridge: Cambridge University Press, 1994) 同じ著者のメチニコフの思想のすばらしい分析を読んだことがあって、それよりも野心的な書物だが、やはり傑作である。

議論は二つ。ひとつは、メチニコフ論と重なるけれども、免疫学を進化論に位置づけるという話。免疫学の歴史は細菌学のそれとセットにして語られるが、それは応用の側面の話であって、概念的には、進化論と発生学の系譜の中におかれるべきである。ダーウィンの進化論は、種と生物の同一性を「問題化」した。種と生物は、外界との関係・自分自身との関係において、常に変化の途上にあり、変化の可能性にさらされ続けていて、これが進化の原動力になる。そうすると、種と生物にとって同一性とは何か(identity)、そして自身でないもの(「他者」)を認識して同一性を維持すること(integrity)とは何か、という問題は生命科学の根本となる。メチニコフの食細胞理論にはじまる免疫学は、進化論が浮かび上がらせたこの問題に正面から取り組んだものである。

二番目の議論は、科学とメタファーの関係である。科学が構成した理論・概念と、より広い知的な環境との関係を問うときに、科学がどのようなメタファーを用いたかという側面に注目するのは実り多い視点である。技術者や官僚は、現実に「何かを起こす」ことを考えているので、科学にメタファーがあるという議論に興味がないことが多いが、理論的な科学者は、作り上げた概念を通じて現実を理解しようとするから、比喩の重要性を心得ている。特に免疫学は、自己・他者・伝達など、日常語と重なる比喩的言語がもっともよく使われる生命科学の分野である。特に、1950年代にバーネットが用いはじめた「自己」という比喩的な言語は、生命科学を超えた広い文脈で中核的な問いとなった「自己」と共鳴して、免疫学と社会の双方に影響を与えることとなった。