実力がある学者が重厚な学識を背景にわかりやすく書き下ろした書物で、あるべき新書の姿だと思う。そのせいだろうか、大東亜共栄圏の思想という、基本的には搾取のための侵略戦争を正当化した思想で、それを表面的に批判することは非常に簡単な現象について、その奥深くに立ち入って問題を鋭く指摘している。何しろ論争が多い領域だから、専門家に言わせたら色々とあるのだろうけれども、私にはとても強い印象を与えた書物だった。
大東亜共栄圏の思想は、英米の利己的・自由主義的な世界観に対して、「八紘一宇」の標語で知られる縦の秩序原理を打ち立てることであった。それは、君臣、親子の情愛・指導であり畏敬・信従の関係に象徴されるものであった。原理的には利己主義に対する利他主義の是非をめぐるイデオロギー闘争であった。207
そしてアジアの諸民族を、日本を指導者とする家族国家的な縦の原理にしたがって統合し共存共栄させる構想であった。そのときに、朝鮮と中国を植民地して日本を強大化して欧米と軍事的・経済的に対決することを可能たらしめる仕組みを維持しつつ、アジアの連帯によって欧米と対決するブロックを作り出すことであった。208-9
利己主義に対する利他主義は、仏教の利他行に起源をもち、それを背景に、武士道の忠誠を、個人の私的な利益を犠牲にしても奉仕すべき国家主義的な道徳に転化した。
そして最も重要なことは、利他の対象は天皇と国家に限定されたこと、隣人でも人類でもなかったことである。さらに、英米の利己的な世界観を激しく非難したものたちは、その理想の実現に不可欠な、自己自身に対する自省の念や、日本の自国至上的なエゴイズムに対する批判の意識を欠如させていたことである。この立場からの大東亜共栄圏に対する批判は確かに存在したが、ごく散発的であった。自分たちが理想だと思い込んだものに対して無批判になるというのは確かに珍しい現象ではなく、ヨーロッパにももちろんこの特徴は存在したが、筆者が描く大東亜共栄圏の姿は、確かにヨーロッパの帝国主義や近代化主義に較べて、「内なる批判者」に乏しいのかもしれない。そして、大東亜共栄圏の縦の秩序に基づく世界の再編成というのは、日本人を酔わせただけで、理想としてアジアの人々の目標になるに値するものだったのだろうかという問いは、とても深いものだと思う。
非常時の分析も面白かった。「非常時」の名の下に、さまざまな「非常な」政策が矢継ぎ早に提出されていたという。