必要があって、「包括型地域生活支援」(assertive community treatment)の実践と理念についての書物を読む。文献は、高木俊介『ACT-Kの挑戦 ACTが開く精神医療・福祉の世界』(東京:批評社、2008)
ACTとは、統合失調症を中心にした重い精神障害者に対する24時間365日の訪問によるサービスを地域で提供するプログラムを言う。この書物は、それを京都で実践した精神科医による報告であり、その理念を熱く語った書物である。精神障害とはどのような概念か、精神医療は何を提供するべきなのかという根本的な問題にも触れている、すぐれた書物である。精神障害を、必要なときに十分な支援があれば地域で生活することが可能なものであると捉え、現在すでに進行している精神医療と福祉のメルトダウンに対応する思想的な処方箋という性格も持っている。
たくさんいいことが書いてあるが、メルトダウンの部分で面白いことが書いてあったので、そこをまとめる。高度成長期には私立の精神病院を建設する方向に行政が舵をきって、1960年から80年にかけて、日本の人口あたり精神病床は3倍になった。この時期には、低い予算と人的な資源で、自閉的で従順な精神障害者を管理することに力点が置かれた。(従順になったのは薬のおかげだろう。)その後、日本の精神医療は高齢者の精神障害を扱う方向にシフトするが、長期入院が経済的に見合わない診療報酬になった。近いうちに老齢化してくる人口は、権利の意識に目覚めた世代であり、彼らの精神障害を、これまでのような精神病院への隔離収容で行うことは、彼ら自身も、一般の人々も認めないであろう。老年性の精神病にかかり、それに対して治療を受けることが、多くの国民の切実な関心になると、精神病院のあり方に、多くの人々が関心を持つのだから、というロジックなのだろう。一方、精神科外来のほうも、診療所の数は20年で3倍になるなどのバブルが進行し、質が低い精神科医があふれてしまっている。
優れた本なので、皮肉な見方はしたくないけれども、これは書いておいたほうがいいだろう。現状への鋭い批判と、よりより精神医療の未来のための情熱がこの書物の特徴である。日本では呉秀三からの100年間、世界ではピネル以来200年間、精神医療の世界は、過去と現状を憎み、輝かしい未来を構想する情熱的な改革者を生み出し続けているという事実に、この書物の著者は気がついているのかしら。