動脈硬化のペニシリン

必要があって、「動脈硬化のペニシリン」と呼ばれた新薬「スタチン」のことを調べている。まずは日本人の化学者で最初のスタチンである「コンパクチン」を作った遠藤章の研究回顧談を読む。「動脈硬化のペニシリン”スタチン”の発見と開発―遠藤 章先生に聞く」『心臓』37(2005), 681-698.

スタチンは現在(2005年)では、全世界で毎日3,000人に処方され、年間2兆8,000億円の売り上げを記録する薬である。これを発見した遠藤章は1933年に秋田県で農家の二男として生まれた。囲炉裏で右足に大きなやけどを負ったことや、祖母ががんでなくなったことから、野口英世と医者にあこがれたこともあった少年時代であった。東北は山菜どころだから、野に生えるキノコには興味があり、母が麹を作っていたことや稲にイモチ病がつくことなどはカビへの興味をかきたてた。(このあたりは、あとから筋道をつけたという気がするけれども、まあいい。)ハエトリキノコはなぜハエを殺すのに人が食べても大丈夫なのかという問題には強くひかれ、高校の時に実験をしたりした。大学2年生の時にペニシリンを発見したフレミングの伝記を読んで感動した。フレミングも農家の出身だったことが惹かれた原因だったという。

東北大学の農学部で化学を学んだあと、製薬会社の三共に入社し、実績をあげて留学することになった。当時、Konrad Block らがコレステロールについての研究で1964年にノーベル賞を受賞していたこともあって、コレステロールを研究するために、アルバート・アインシュタイン医科大学に1966年に留学した。同じ研究室でリボ核酸の研究をしていた学者が臨床から基礎に移ったものだったため、彼からコレステロールと心臓病・動脈硬化の関係を聞いたのが初めてだった(笑)。留学中に、コレステロールを低下させるには、HMG-CoA還元酵素を阻害すればいいという見込みを立て、1968年に帰国し、三共で実験計画を練った。カビやキノコの中にはこの阻害剤があるはずであるという見込みをたて、実験計画を作って6,000種のカビ・キノコを二年間にわたって探すというものであった。1971年から実験をはじめ、ほぼ2年後の73年8月にML-236Bという物質を青カビから取り出した。ところが、試験管ではうまくいったが、ラットのコレステロールを下げないという事態に直面し、しばらく放置していたところ、76年にビーチャムの研究者が同じものを発表したが、それがコレステロールを下げることには気づいておらず、抗菌剤として発表されていたので、特許も取られていなかった。

ラットで効かない理由をあれこれ考えて、他の動物では効くのではないかということで、1976年にメンドリで実験して成功して希望が復活した。テキサス大学の研究者は大阪大学の教授が重症患者に極秘に試してみて効いたので、コンパクチンは注目を浴びたが、1980年にリンパ腫ができるという正体不明のうわさが流れて、研究は急にさめたが、その翌年、NEJMに馬渕宏が副作用がないという論文を書き、その号のEditorial で、「動脈硬化のペニシリンになるだろう」と予言された。