DSMの哲学

必要があって、DSMを哲学的に分析した書物を読む。文献は、Cooper, Rachel, Classifying Madness: a Philosophical Examination of the Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (Dordrecht: Springer, 2005).

科学理論(この場合はDSM)が用いられるときの用いられ方によって、科学理論が影響を受けることを哲学の用語で「フィードバック」というらしい。そのフィードバックについて、DSMにフィードバックを与えている二つの現象を分析している。一つは(悪名高い)製薬会社で、もう一つは医療保険である。製薬会社の影響については、それが診断に与える影響を重く見るヒーリーの考え方には総じて批判的で、その影響は限定的だろうという。

より面白いのは、保険がフィードバックするという議論である。DSM-I の時代は精神分析医の天下だったから、保険による診療はもともと眼中になかったし、診断の客観性はどうでもよかった。しかし、DSM-IIの時代から、保険会社はDSMの診断を用いるようになり、診断一覧にある病名しか認めなくなった。それと同時に一貫した診断が用いられるようになり、人格障害などの診断は受け入れられなくなった。そのため、新しい疾病が保険で診療されるためには、ロビー活動によりDSMを改定することが必要になる。また、保険が理由になって、精神科医が診断を「マッサージする」ようになる。つまり、DSMにある疾病項目に合わせるために、症状を拡大解釈したり、あるべき症状に目をつむったりするようになる。そのため、長期的には、ある疾病は、実際にはよりマイルドなもの、あるいは多様なものを含むようになっていく。