江戸の症例集

必要があって、江戸の症例集を分析した論文を読む。文献は、Burns, Susan L., “Nanayama Jundo at Work: a Village Doctor and Medical Knowledge in Nineteenth-Century Japan”, EASTM, 29(2008), 61-82.

幕末に出羽の国の湯沢で開業していた七山順道という医者のコレクションがアメリカの国立医学図書館(NLM)に保存されていて、それを用いた研究。近世日本の医療史研究で近年にわたって流行している「19世紀に医療が広まった」ことの分析を受けて、それとは違う方向に議論を発展させようとして着目したのが、順道が記録していた「治験録」である。どのような患者がどのような症状でどんな薬を与えてどうなったという、西洋医学史の言葉では「症例」と呼ばれるものである。1824年から33年までの間の記録が、約200件記録されている。

傷寒論』に準じた治療を行っていたこと、蘭学の薬も使っていたこと、医学的な治療だけ使いマジカルな方法は不在であること、そもそも患者の声は記録されていないこと。一言でいうと、西洋の医学史家たちが近世の症例を見て引き出したのと「真逆」な結論が引き出されている。これは、バーンズがいうとおり、19世紀の湯沢の医者がメディカライズされていたというより、治験録という史料の性質に関係あるのだろう。