必要があって、古典的な「感染症の克服」ものを翻訳で読む。文献は、ハリー・F・ダウリング『人類は伝染病をいかにして征服したか』竹田美文・清水洋子訳(東京:講談社学術文庫、1982)
恥ずかしながら、この書物はうすぼんやりとは気が付いていたけれども、手にとって読んだことはなかった。結論を言うと、素晴らしい本である。出版のタイミングが非常に悪かったために、そのスカラーシップが受け取るべき正当な評価を受けていない隠れた名著である。原著の出版は1977年である。その4年後の1981年にアメリカで最初のエイズ患者が報告されて、感染症をめぐる態度ががらっと変わり、楽観的な見方が吹き飛ばされる。エイズに人々がおびえているときに、Conquest of the Twentieth Century という副題を持つ本はかなり場違いである。同じころに出版されたクロスビーのインフルエンザ本は、感染症への関心の上昇に乗って違う出版社から再版を重ねたのに対し、この書物は総じて忘れられた感がある。たとえて言うなら、社会主義の勝利の歴史を描いた重厚長大で学術的な書物を、ベルリンの壁がなくなる直前に出版してしまったようなものだということである。
というわけで科学の進歩による感染症の克服という視点は時代に逆行してしまったけれども、この書物の背後には、本物のリサーチがあり、体系だてられた知識がある。ある感染症が、その原因がわかり、診断技術が発見・改良され、治療法が模索され、最後には治療法が見つかるか、公衆衛生的な予防法が実施されるようになる―つまり、「克服」に至るまでを、テクニカルな技術に注目して、それぞれの段階でどのような進歩があったのかということを丁寧に描いている。翻訳では原注などが省かれているから、私は、原書を注文してしまいました(笑)