ボディワークという概念

必要があって、Mary Fissell の論文を読む。文献は、Bulletin of the History of Medicine, 82(2008), no.1, Special Issue: Women, Health and Healing in Early Modern Europe. のIntroduction

この特集号は、近世の女性と医療というテーマで、スペイン、ロンドン、フランス、ドイツ、イタリアなどが扱われている。有名なところでは、Katharine Park が訳した16世紀イタリアの帝王切開の文書がある。

フィセルがイントロで、bodywork という概念を提示している。これは、medicine という言葉で理解されているものを含むと同時にそれよりも広い概念で、医学の他に、身体について「いろいろなこと」をする職業や仕事を含んだネットワークの歴史を構想するといいという主張である。フィセルがあげている例は、ロンドンで searcher と呼ばれた死体を調べる老婆たち、どこにでもいた床屋やヘアドレッサー、そして上流の階級についた乳母などである。また、それぞれの家で病人をケアしたりするという意味で、各家庭の女性たちも ボディワークにかかわっていた。そう考えると、身の回りに生じるケア・キュアの現象のネットワークの中に、男性専門職が提供した医療と、女性がかかわった家の内外の営みを位置づけることができる。身体を軸として発生したさまざまなbodywork の緩い系をなしていて、その系全体を考えると、身体にはたらきかける人を通じて「身体から見たら社会」の歴史を書くことができるという構想である。

この発想は、たとえば精神病院の中の世界だとか、いろいろと応用が効く。特に、現代になると複雑化・多様化する医療の周辺のコメディカルを包み込んだ世界を考えるときに力を発揮する。コメディカルについての歴史記述は、その職業の専門化と同時に始まってしまう、射程が短いものが多いけれども、ボディワークの概念を使うと初期近代にまで射程を広げることができる。