オーストラリア・ニュージーランドの精神医療史

必要があって、オーストラリア・ニュージーランドの精神医療史を論じた書物を読む。文献は、Coleborne, Catharine, Madness in the Family: Insanity and Insitutions in the Australasian Colonial World, 1860-1914 (Basingstoke: Macmillan, 2010).

AUとNZの四つの精神病院のアーカイヴから患者記録を200ほどサンプルしてコアのマテリアルとして、それらの記録から、精神病の理解、ケア、精神病院への入院と退院などの問題について、広義の精神医療における家族の重要性を引きだした社会史研究である。「家族」というのは、1990年代の後半から、当時は批判的であれ好意的であれ精神科医と精神病院の歴史に限定されていた精神医療の歴史を、実際に残っている歴史資料に基いて研究できるような形で、しかも広い文脈に広げて、新たな行為者を入れて理解するために、イギリスで仕事をしていた歴史学者たちによって作られた視点である。

この視点から出発して、この書物は、AU-NZという対象の特徴をうまく使って、重要な洞
察を二つ引きだしている。一つは、移民の問題である。AU-NZはもちろん移民が原住民を圧倒して作った国であり、その住民・国民(研究の対象期間中に独立する)の精神医療を考える上で、移民の問題は重要である。コールボーンが注目するのは、dislocation という問題である。AUへの移民は、定住することができるかどうかという不安を訴え、故国に残してきた家族や親戚を懐かしんだ。強烈な dislocation 感のもとで生きていたと言ってよい。これは精神科医たちによっても認識されており、彼らは、患者にとって、家庭と言うのは、病気の原因であると同時に、病気を解決する手段であると思っていた。移民社会が作り出した孤立感という現実であり幻想であるものは、それを打ち消すために家庭に大きな役割を担わせている。ここでいう dislocation というのは、もちろんAUへの移民によってだけ感じられたものではないし、その問題に立ち向かおうとしたのはAU社会だけではない。移民と「孤立」というのは、近代以降の社会が経験した普遍的な問題である。この問題の中に精神医療の歴史を位置づける視覚である。この章は精神医療の歴史の研究者は、対象としている国にかかわらず、必ず読まなければならない。

もうひとつが、これはAuに限ったことではないが、「感情」の問題である。近年、感情の問題は歴史学の対象になって大きな著作が出ているが、精神医療の歴史は、感情の歴史に大きな貢献をしている。患者が感じる感情、そして、家族が感じる感情は、いずれも社会の中で大きな意味を持つ。患者の感情の何が病的だと考えられたかという問題も面白いが、ここで強調されているのは、家族が感じる感情である。家族のサポートのキャパシティと持続性は、色々なファクターによって変わるが、その中でも精神病患者になった家族に対する感情は、大きな役割を果たす。