国会図書館の地図室で、請求した地図が出てくるのを待っているときに、偶然に棚で発見した本。寡聞にして、私はこの画家のことを知らなかった。文献は、堀田典裕『吉田初三郎の鳥瞰図を読む―描かれた近代日本の風景』(東京:河出書房新社、2009)。
吉田は対象から昭和戦前期に、特徴ある構図を持つ鳥瞰図を数多く描いた。合計で1600もの作品があったという。これらの鳥瞰図は、鉄道の旅行案内や、史跡名勝案内、日本の新しい名所を定義した「日本八景」、各地に点在する皇室の御陵、陸軍大演習など、近代の日本の風景を定義する「鍵」になるプロジェクトで、インパクトがある図像を提供した。戦前の日本人が、自らが生きる社会と、国家と、そして日本が置かれている世界を、どのように視覚的に表象したかという問題に、もっとも大きな貢献をしたのは、吉田の鳥瞰図であった。そこには「新中間層」の「旅行」という新しい経験があり(お伊勢参りはどうなるのかという問題はあるだろうけれども、それはいい)、近代化による近世の史跡名勝の破壊と保存という問題があり、都市化・郊外化が蚕食する風景をどう表現するかという問題があり、天皇が全国を行幸して国民国家に統一を与えると問題があった。これら全ての問題の場の中で、吉田の鳥瞰図が作られたことを、この書物は分析している。
著者は比較的若い学者のようだけれども、最初の書物が美しいフルカラーで世に問われるといううらやましい出発点を持った。その独創的な素材・視点と、質が高いリサーチは、十分そういう恵まれた出発点に値すると思うし、無名の著者に素晴らしいデビューの場を与えた河出書房新社の英断も素晴らしいと思う。