必要があって、野村拓『国民の医療史―医学と人権』(東京:三省堂、1977)を参照する。
同じ業界の大先輩が書いた書物だけれども、これは言っておかなければならないだろう。これは「質が低い医学史の書物」である。本書は二部構成にわかれていて、前半はヨーロッパ、後半は近代日本を扱っている。ヨーロッパの話は、当時の欧米の医学史研究の水準から言っても著しく水準が低い。証拠は断片的、議論は野放図に大きく、史実には間違いが多い。翻訳に頼っていて、英語をはじめとする、西洋の医学史を理解するうえで必須の外国語が十分にできなかったのだろうと推察する。史実の間違いでいうと、シデナムの議会軍が戦ったイギリス王は、本書が言うように<チャールズ二世>ではなくて<チャールズ一世>であることは、下手をすると中学の教科書にも書いてある。
日本を扱った部分には、読むべき記述がある。自分たちの思想に共鳴したり、その仕事と共感したりした、社会医学の立場にたった医師たちや社会調査を実施した医師たちについては、丁寧に記述してある。一方で、それ以外は、十把一絡げにして抵抗勢力あつかいにしている。