音楽と錬金術


必要があって、音楽と錬金術についての論文を読む。 文献は、Gouk, Penelope, “Harmony, Health, and Healing: Music’s Role in Early Modern Paracelsian Thought”, in Margaret Pelling and Scott Mandelbrote eds., The Practice of Reform in Health, Medicine, and Science, 1500-2000 (Aldershot: Ashgate, 2005), 23-42.

錬金術・自然魔術の学者のハインリッヒ・クンラートが16世紀末に出版した書物には、錬金術師のラボラトリー(工房―実験室)を描いた挿絵が入っている。これは、ラボラトリーを描いたものとしてはもっとも古い画像である。錬金術の設備と道具が彼処にある部屋の中で、主人公のクンラートは膝まづいて神をたたえている。宗教と実験・化学の不可分を象徴するものとしてよく利用されている。

この絵の中央には大きなテーブルが描かれ、そこには多くの楽器や楽譜が描かれている。クンラートの自然魔術は音楽を取り込んでいる。パラケルスス自身は音楽に特別な興味を持たず、むしろ教会の典礼への敵意から距離をとっていたとすら考えられるのに、なぜのちのパラケルスス派・自然魔術は音楽を取り込むことになったのかを分析する論文である。

パラケルススはある手稿の中で音楽の効用について短く触れている。そこでは、メランコリーと病的状態をいやすことができる力を持つものとして音楽が論じられている。それは、自然の手段によって人や天使・悪魔などの spirits を操作できる手段であり、それは自然魔術の一種であった。クンラートの挿絵が描くのは、キリスト教の魔術者であり、その原型はデューラーの『メレンコリア I』である。敬虔なキリスト教徒であると同時に、病としてのメランコリーというよりも、それと接しながら思索し探求する創造的な知性を持った人物である。この祈りと探求を結ぶのも、やはりspiritusであった。竪琴でサウルをいやしたダビデ王になぞらえて、ダビデの詩編は、カルヴァンが教会音楽として重視し、16世紀の後半には、すでに急速にカルヴィニストはもちろん、プロテスタントの中に広まっていた。一方で、自然魔術の中では、フィツィーノが音楽を重視していた。それは、オルフェウスピタゴラスなどの古い宗教・思想が語る音楽と調和の重視であり、魔術の手段であった。

この文脈の中で、フランスのジャック・ゴーリー (Jacques Gohry) は、音楽と調和を重んじる洗練された宮廷の学識と教養の中に、パラケルススと移し替えることを試みた。そこではパラケルススは、過激な体制反対者ではなくて、最新の洗練された学知の探求者という性格を与えられた。それにとって重要なのが、音楽という「調和」であった。