G/イーガン「幸せの理由」

必要があって、グレッグ・イーガンの短編集『しあわせの理由』に収められた短編「道徳ウィルス学者」を読む。これも、バイオテロリズムを主題にしたSFである。

主人公はジョン・ショウクロス。アメリカの「聖書地帯」に住む敬虔なクリスチャンの家庭に生まれた。父親はキリスト教的なケーブルTVのネットワークを持っている大金持ちであった。AIDSの流行のときに、尊敬する父親はこれは神の意志であるいい、罪を持つものだけが罰せられる病気がもたらされたといったのが、ジョンの人生を変えた。それまで古生物学を学んでいたが、その証拠を創造説で解釈する方法になじむことができなかったジョンは、生化学を学び、親の金を使って道徳的なウィルスを作り上げる。簡単に言うと、このウィルスは、生涯で厳密に一夫一婦制を守った男女については何もしないが、同性と性交したものや、不義を一度でも犯したものの場合は、体内に急速に大量の出血を引き起こして死に至らしめるものである。コンドームをつけていても、ゴムを溶かすたんぱく質を出すから侵入することができる。配偶者の死後、別の相手と性交した未亡人や寡夫も死に至る。レイプすることは、他殺であり自殺である。レイプされたほうが死ぬのはかわいそうだけれども、レイプそのものがなくなるだろうとショウクロスは判断した。ショウクロスは世界をまわってこのウィルスをまく。ショウクロスがウィルスをまいた国では、出血熱の疫病がはじまり、彼のもくろみは順調にはじまっていたが、彼は、娼婦に言われて思いもかけぬ致命的な計算のミスに気が付くことになる。