「チェルノブイリの聖母」

グレッグ・イーガンの短編集の中に、「チェルノブイリの聖母」という心にひびく短編があった。

チェルノブイリの原子炉の作業員が事故の直後に致死量の放射能を浴びる。彼は事態の本当の大きさをさとり、これから何万人が死に、大地と水は数十年も汚染されることを悟る。そのときに聖母マリアの幻が現れて、自分を「ウラジミールの聖母」という有名なイコンに似せて描くようにいう。そして、その顔料に、飛散した原発の染料をまぜるようにいう。そうやって描かれたイコンは、マリアによって聖別され、災難に対する神の憐み、自己犠牲と勇気に対する喜び、やがてくる悲嘆と苦難を分かち合うことをマリアは告げる。そのため、このイコンを中心にして「真の教会」なる新たな教団が作られ、このイコンは放射能症やそれと関係ある疾病にあらたかな効き目があるという信仰が広まる。そして、このイコンは、原発事故から降下した物質が混ぜられているので、写真にとると、放射能が特有の線を描く。だから、18世紀のイコンとして偽って売られたオークションのカタログにも、一本の線がくっきりと入っていた。

・・・というアイデアを軸にして書かれたスリラーである。スリラーとして傑作かどうかはわからないけれども、この話は、心に響いた。