秦郁彦『病気の日本近代史―幕末から平成まで』

秦郁彦『病気の日本近代史―幕末から平成まで』(東京:文芸春秋社、2011)

著者は、日本近現代史の領域、それも従軍慰安婦問題や教科書裁判などにかかわる論争の中心で活躍している歴史学者であり、私はこの著名な歴史学者が病気の歴史を研究していることを全く知らなかったので、この書物が出版されたときには、多少おどろいた。聞けば、虫垂炎で入院したのをきっかけにこの書物を書いてみようと思い立ち、6年で完成したというのだから、効率よく仕事をしたのだと思う。脚気、感染症、結核、精神病など、研究の蓄積が厚い領域に関して、先行研究と一次資料をうまくまとめている。戦争における疾病の章は、さすが軍事史研究者だけあって、先行研究が希薄な問題についても踏み込んで書いている。

著者の名前を見たときに、何か論争的なことが書かれているのかと思ったが(笑)、最終章の喫煙と肺がん、特に受動喫煙の役割について、印象論的な反対論を書いているほかは、とくに論争的な点はなかったし、肺がん云々については、私には、反対論でもなんでもないように見える。論争的な点がないからといって、決して優れていないわけではなく、一般向けの読みやすい病気の歴史がまた一冊増えたということになるだろう。