巌谷國士『シュルレアリスムとは何か―超現実的講義』

巌谷國士シュルレアリスムとは何か―超現実的講義』(東京:ちくま学芸文庫、2002)
精神病の症例誌を読むために、同時期のシュルレアリスムを勉強しておく。

全部で三つの講演を収めた本で、「シュルレアリスムとは何か」という表題作の講演のほかに、ワンダーランドと妖精をあつかった講演と、ユートピアを扱った講演がある。もちろん、シュルレアリスムについての講演が読み応えがある。基本は、ブルトンとスーポーが1919年からはじめた<自動筆記>に文学におけるシュルレアリスムの最重要な要素を見出すこと、一方美術においては、自動筆記と表面的によく似ている自動デッサンの手法と、エルンストのコラージュのようなデペイズマンの手法の二つが併存することでシュルレアリスムの美術が駆動されたという。

自動筆記というのは、書くスピードを変化させる実験という意味合いを持っていた。普通に近い速度で書かれるときには、「私」je という主語を持ち、動詞は過去形が多い。速度が上がると、「私」がなくなり、特定の人物を主語にする構造がなくなって、On というような不特定の主語が出てくる文章になる。スピードが最も速くなると、主語の人物・代名詞が減り、動詞も原型で出てきてまるで名詞のように使われる。名詞、動詞の原型、ばらばらに出てきた言葉が前置詞でつながれて結びついているような文章になる。これを、巌谷は「オブジェの世界」と呼ぶ。文章を書くという行為から、個人の過去、あるいは主語、究極的には「私」が欠落していって、オブジェだけが偏在するようになる。そして、この風景は、ブルトンによれば危険であり、狂気の世界に接近したものになる。