異国の空想ロマンスは女性の心を蝕むか

2nd: Nussbaum, Felicity, The Limits of the Human: Fictions of Anomaly, race and Gender in the Long Eighteenth Century (Cambridge: Cambridge University Press, 2003).
必要があって、18世紀の英文学者による「アノマリー論」の古典を読む。書物全体の狙いは、ジェンダーと人種という分析のカテゴリーに加えて、「アノマリー」というカテゴリーを加えて、障害学と文学研究のつながりを作り出そうというものである。以前に、18世紀のイングランドを研究していたころに、彼女の熱帯論などを感心して読んだし、引用されているテキストの中にも読んだものがあって、とても懐かしかった。

冒頭で論じられている、思想家のシャフツベリーの短い文章が目からうろこが落ちるような内容のものだし、ナスバウムの分析も素晴らしい。シャフツベリーが、彼の時代の旅行記や異国の話を読むことへの危惧を表明している文章である。旅行記や異国譚には、世界の果ての未知の土地の物語であるから、プリニウスの『博物誌』の残照の中で生きているヨーロッパ人にとっては、そこは怪物やプロジディが棲む場所であり、そこに旅行した者たちは、「ロマンス」と呼ばれる、非現実的で怪異な話をする。このような話は、日常世界の現実を素材とした道徳を涵養する話とはちがい、人の心を乱す。特に、知性が劣り、ソフトな感性をもつ女性たちは、これらの話に熱狂し、彼女たちの道徳が乱され、異国への非道徳的な憧れを抱く。これが具体的な形を取るのが、シャフツベリーによれば、シェイクスピアの『オセロー』である。肌の色が黒い「ムーア人」であるオセローは、プリニウスに登場するような怪物の話をデズデモナに語り、デズデモナはその話を夢中で聞いてオセローを愛するようになる。怪異なものが登場する物語は、女性を通じて働いて、あるべき人種の関係から外れた男女の関係を育むというのが、シャフツベリーを不安にさせていたことであった。