人間の匂いがする土

神話の中で人間の誕生なり創作なりが語られるとき、いろいろなヴァージョンがあるが、キリスト教では土という定まった形がない可塑的なものから、人間の「かたち」を作ることになっている。ギリシア神話にも土から人間を作るという主題があるけれども、この土は、ただの土ではなくて、特別な土である。その特別性を示すものは何かというと、人間の匂いがするというのだ。(裏返すと、人間はその土の匂いがするということだけれども。)授業の予習でプロメテウスのことを調べた時に、人間の匂いがする土という話が紹介されていた。面白い話だけれども、背筋が少し寒くなるのを感じた。

オヴィディウス『変身物語』
「こうして人間が誕生した。よりよき世界の創始者である。あの造物主が、みずからの神的な種から人間を作ったのかもしれないし、あるいは、できたばかりで、上空の冷気から切り離された直後の大地が、もとは同族であった天空の胚種を、そのまま保持していたのかもしれない。あとの場合、その大地の土塊を、イアペトスの子プロメテウスが雨水と混ぜ合わせ、万物を支配する神々の姿に似せてこねあげたということになる。で、他の動物たちはうつむきになって目を地面に向けているのにたいして、人間だけは顔をもたげて天を仰ぐようにさせ、まっすぐ目を上げて空を見るようにいいつけた。」


『ギリシア巡遊記』の作者パウサニアースは、ボーキス州の項に、ボイオーティアの市カイロネアから4キロほどのところにパノペウスという町があって、そこのある建物には、プロメテウスだと言い伝えられる像が置かれていた。そして付近の谷あいには粘土色をした、荷車にいっぱいになるほどの大きさの意志がいくつか転がっており、その匂いがいかにも人体の匂いに似通っている。ところの言い伝えでは、むかしプロメーテウスが人間をはじめて作ったその土の残りが、まさにこの土塊なのだということである。」
呉茂一『ギリシア神話』上・57-58