小松和彦『異人論』

『異人論』(東京:ちくま学芸文庫、1995)
異人に対して民族社会の人々がいだいていたイメージが両義的なものであったことは、これまで多くの研究者によって指摘されてきた。たとえば、岡正雄は「自分の属する社会以外の者を異人視して様々な呼称を与え、畏敬と侮蔑との混合した心態を以って、之を表象、之に接触するは、吾が国民間伝承に極めて豊富に見受けられる事実である。」という。
 山口昌男は、記号論や現象学などの成果を縦横に駆使しつつ、異人についての原初的イメージをいっそう論理的に引き出している。彼の説くところによれば、いかなる文化であれ、いかなる時代であれ、人間の思考というものは二項対立の組み合わせとして世界を分節化していくので、社会の外側から周縁に現れる正体のさだかでない異人委は、「中心」と「周縁」、「日常」と「非日常」、「秩序」と「無秩序」といった対立項のうちの後者の項目が託されざるをえず、したがって、必然的に異人についての原初的なイメージは両義的・多義的なものになってしまう。
 同じ社会にあっても、時と場合に応じて、異人を歓待したり、排除していたにちがいない。すなわち、山口昌男の異人論は、異人論のいわば原論に相当するものなのである。とすれば、それに引き続いてなされなければならないのは、それぞれの社会において異人はどう処遇されたかという問題の検討、つまり各論ではないだろうか。 14-15

民俗学では、どちらかといえば、民俗社会の異人関係史のうちの好ましい側面の方を取り上げる傾向があるが、忌まわしい側面もあるのだ、ということを私たちはつねに想起する必要があろう。民俗社会は、現代の都市社会がそうであるように、きれいごとだけで成り立っているわけではないのだ。16

[座頭殺しの伝説について] 土地の人々にとってこの座頭殺しの伝説が、外部の人には知られたくないと思うほどに、そしてそれを語らねばならないときには、伝説の中から座頭殺しの要素を抜き取り、当り障りのないように話を変形して語るほどに、真実味をもっていたということである。すなわち、座頭殺しの伝説は、しばしば座頭たちが村人によって殺されたという事実、もしくは殺されることがあったとしても不思議ではないという村びとの意識のなかから成立し、そしてそれに支えられていたのである。 18