人間機械論の位相

Human Motor の Anson Rabinbach をまとめた。

「地球が宇宙の中心ではなくなったこと」「人間が万物の霊長ではなくなったこと」「人間の意識が人間の自己に君臨するものではなくなったこと」の歴史的な現象を三つの断絶といい、人間がかつての絶対性を失っていく過程であると考えることもある。(フロイト)現在は、人間が機械の上に立ち、それを支配することが当然のことではなくなってきている「第四の断絶」が進行しているのではないだろうか。(「機械による人間の支配」「機械の帝国とたたかう人間」というのは、『ターミネイター』『マトリックス』などのSF映画の主題である。)そして、この過程は、19世紀以来、労働の内容が大きく変わってきて、それと深い関係を持つ仕方で、機械も大きく変わってきたことと関係があるだろう。

18世紀の人間機械の代表は、ヴォーカンソンの機械仕掛けのアヒルである。これは、現在のディズニーランドの機械仕掛けの人形のプロトタイプである見世物でもあり、外見だけでなく、動く部分も実際の生きているアヒルをある程度忠実に模倣していた。これらの機械は、生命そのものであると思われることはなかったし、動物そのものであるという身振りもしなかった。教育する機械であり、娯楽を提供する機械であった。のちに、電話やレコードが人間の声を話したり聞いたりする機能を果たす機械になったときに、それらが人間の口や耳の形をしていなかったこととの対比に注意すること。

19世紀ドイツの偉大な物理学者・生理学者であったヘルムホルツ(Hermann Ludwig Ferdinand von Helmholtz, 1821–1894)は、他の二人とならんで、エネルギー保存則を発見した。これは、それ自体は破壊されることなく、その形態がさまざまに変わる「力」という概念を発展させたものであり、当時の産業革命の動力が基本的なイメージであった。そこでは、「永久機関」や「自分で動く機械」は幻想であるとして退けられ、人間社会と自然は、すべてのエネルギーが相互に交換可能であることによってつながっていると考えられた。この自然法則によって変換されていくエネルギーのリンクの中に、「機械」があり、そこに「人間」が存在する。

もう一人のエネルギー保存則の発見者、ロバート・マイヤー (Robert Meyer, 1814-78) は、船位として水夫の血液を観察して、体内で燃料が燃焼して発熱するプロセスが起きており、その際にエネルギーが保存されると考えた。重要なことは、常にエネルギーが移転し変換されるシステムの中に、人間の身体であれ、テクノロジーがもたらした機械であれ、生産活動を行うものが置かれること。ヘルムホルツ「力学的な意味において、人間の労働は、力を用いること(=「仕事」)と同じことになるのである」「動物の身体は、熱と力を得る方法については、蒸気機関と変わらない。しかし、得られた力が用いられる目的と手段においては、両者は異なってくる。」すなわち人間/生物が機械に格下げされたのではなく、エネルギーを変換する装置という性格を、人間身体と、工業用の発動機の双方に与え、それらによって世界と宇宙が作られていると考えたのである。そして、これが「生命」となるのであった。
フレデリック・テイラー(Frederic Taylor, 1856-1913)は、アメリカのエンジニアであり、「科学的管理法」と呼ばれる労働の環境の研究者であった。彼が考案した、ある職場の組織を合理化して効率を上げ、労働者と資本家の階級闘争をなくす労働管理法は、「テイラリズム」と呼ばれ、大きな影響力を持った。

イタリアのモッソ(Angelo Mosso, 1846-1910)、フランスのアマール (Jules Amar, 1879-1935)、日本の暉峻義等(てるおかぎとう1899-1966)など、各国で人間が労働することの医学・生理学を研究した医学者が現れ、大きな影響力を持つ。
働かない理由は怠けだからか?それとも、それは力(物理的な力、心理的な力)が消費され過ぎているからか?そもそも、「疲れている」という主観的な状態は何か、それをどのように測定し、数量化することができるのか。

第一次世界大戦により、疲労、非効率などの研究が著しく進められ、科学に基づいた組織的な労働訓練と効率の上昇が、国家の政策として、ヨーロッパの交戦国において進められる。ドイツにおいては、「適性判断」の心理テストなどが作られて、人的資源の動員の合理化のために人間を判断する科学が作られる。