山中浩司『医師と回転器』

山中浩司『医師と回転器―19世紀精神医療の社会史』(京都:昭和堂、2011)

必要があって、19世紀初頭ドイツの精神医療の歴史社会学研究を読む。

仕上げの粗さが目につく書物で、たとえば「結論」がないというような大きな欠陥もあるが、全体としては、新しい視点を提示している水準が高い研究書だと思う。特に重要なのが、筆者が「精神医学のノーマライゼーション論」と呼ぶ、精神医学の歴史記述を糾弾の歴史から脱皮させるための一つの視角である。精神医療の歴史には、人道的な見地に照らして否定するべき行いや、患者の人権を無視した治療が多いのは事実である。本書も、歴史研究のコアとしては、ベルリンのシャリテ病院における患者死亡の事故と、それをめぐる論争であり、同じ医者は、興奮した患者を麻の袋に入れて口をしばり数時間放置することを繰り返す「治療法」を行っている。こういったことを素材にして、過去の野蛮な治療法の一つとして扱うことは容易であり、それを批判する道徳的な枠組みを持つ歴史を書くことも容易であっただろう。おそらく本書のもっとも大きな独創性は、それをしなかったことにある。精神医療の歴史を、善悪がはっきり決まっている概念装置を用いて、時としておどろおどろしい言葉で語ることから切り離したのである。それに代わるのが社会学とSTSであった。これまで科学的な医学の中の例外として扱われ、科学の問題というよりも道徳の問題の中に位置づけられてきた精神医学の歴史を、医学の他の分野と同列に扱うことが本書の眼目である。たとえ非人道的に見える精神医学の治療や処遇であっても、ノーマルな医学の問題と同じ概念装置で扱うべきだというアプローチである。これが本書の基本的なスタンスであり、山中はこれを「精神医学のノーマライゼーション論」と呼ぶ。

歴史上の非人道性にどのようにアプローチするのかを示した、一つの事例であろう。