浅田一の法医学手引と精神鑑定


浅田一『実地家に必要なる法医学』(東京:克誠堂書店、1930)
浅田は法医学が専門で、著作が非常に多く、その中には探偵小説や猟奇趣味と深い関係があるものもある重要な人物である。期間は正確にわからないが、『神経学雑誌』に「実地医家に必要なる法医学」という連載をしていたものに加筆して一冊の書物にまとめたもの。まとめるについては、執筆した時よりも医学知識が進歩して新知見となったものを書き足し、自身の解剖鑑定例を加えてある。浅田の序文によれば、「雑誌の別刷りを集めて有志者に頒つむねを広告したところ、希望者以外に多く、やむなくお断りした例も少なくない」とある。(3) 念頭に置かれているのは、地方で開業している医師が、裁判官から警察科学的な内容での鑑定を求められたときの状況であろう。(1) ちなみに、「首なし死体の鑑定」という題名の、彼杵の海上一里くらいのところで漁船の網にひっかかった首なし死体には、死体の写真も掲載されていて、これらが猟奇趣味に吸収されたのだろうと思う。

この書物に、たまたま、杉田直樹が執筆している鑑定例が二つ掲載されていたので、喜んで読む。これは、浅田が留学中の大正11年に、杉田が執筆したもので、原稿が足りなくなったときの代打だったのだろうか。鑑定例は二つで、一つは妻と母を殺した男、もう一つは、隣家に放火を試みた男の鑑定である。前者はヒステリー、後者は妄想中の放火であるという位置づけである。鑑定書は、本人や家族、知人などを総合して書かれたものであるから、多様な情報が組み合わされて作られていて、読み応えがある。放火をした男について、軍隊でいっしょになり、上等兵になるかどうかでいがみあい、髪の毛を使って上等兵になれないような呪いをかけたというエピソードも紹介されていた。

画像は、言及した死体の写真。