ハッキング "Making Up People"

Hacking, Ian, “Making Up People”, London Review of Books, vol.28, no.16, 17 August 2006.

イアン・ハッキングの「ループ効果」(looping effect) は、人間科学の歴史を研究しているものにとって、とても重要な主題である。私はMad Travelers の外に、ハッキングがこの理論を丁寧に論じた素材を知らないが、この小文は、わかりやすく議論の概論を提示していて、いくつかの部分はよくわかった。一言でいうと、人間科学においては科学とその対象の間に相互作用があるという指摘であり、科学によって記述され治療の対象になるカテゴリーが作られると、人々はそのカテゴリーによって影響を受けるというのが最も重要な概論になる。「多重人格」「フーグ(遁走症)」「肥満」「自閉症」「自殺―うつ」などについて、人間についての科学的な記述によって、あるカテゴリーを作り出すと、そうやって記述されるべき人々に影響を与える

一番分かりやすかったというか、これまでの疑問が少し解けたのは、この部分である。
A. 1955年には多重人格症は存在しなかったが、1985年にはたくさん存在する。
B. 1955年には、多重人格は、ある person になる方法ではなかった。人々はそのように自分を経験しなかったし、周囲の人々・家族・雇用主・カウンセラーとインタラクトするときにも、そのように振る舞わなかった。しかし、1985年には、これが一つの person になる方法になり、自らを経験する方法になり、社会で生きる方法になった。

このA と Bの二つの言明を較べて、Bのほうがハッキングが主張することであり、これを通じて「ループ効果」が起きるという。特に、Bでまとめた「そのように自分を経験する」という部分が頭によく入った。「そのように振る舞う」などの部分が、まだイメージが掴みきれていないけれども。

このループ効果が起きるためには、発見のためには、7つの鍵が重要になる。1. 数える 2. 数量的に表現する方法をみつける 3. 規範をつくる 4. 相関関係を見つける 5. 医学モデルで記述する 6. 生物学化して、道徳的な批判の脈絡から外す 7. 遺伝子を見つける 8. ノーマライゼーションする 9. 行政のメカニズムの中に、それを取扱い治療する方法を作り上げる 10. それに抵抗する人々が現れる このあたりの記述も大枠を的確に捉えていると思う。

統計を用いて、ある現象に定義を与え、数量化して規範を定め、医学的・生物学的な問題として定義し、それを解釈し治療する手法を作り出し、その手法がルーティンとして流れるようなメカニズムを社会の中に作り出す、ということになるだろう。