内村『日本の精神鑑定』

内村祐之他『日本の精神鑑定』(東京:みすず書房、1973)
内村祐之と吉益脩夫が中心となって、世間の耳目を集めた事件を選び、被告の精神鑑定に若干の手を入れて掲載した書物である。同様の精神鑑定書は、内村の前の東大教授である呉秀三も三宅鉱一も編んでいるが、事件の著名な程度という点では、この書物は違う次元に属しており、「昭和史に残ると思われる重大事件」が選ばれている。内村自身が鑑定書を書いていない事件からは、大本教事件や阿部定の事件が選ばれている。内村自身が鑑定書を書いたものの中では、帝銀事件における平沢や、極東軍事裁判における大川周明のもの以外には、鉄道省電気局長が執務中に日本刀で刺殺され、犯人は旧部下でで帝大出の工学士であった事件(昭和11年)、中野区で商務省勤務の技師の妻(20歳)が、同郷の出身で中学を退学した少年(17歳)に全身をめったつきにされて殺害された事件(昭和11年)、市立浜松聾唖中学の生徒(21歳)が、刺身包丁から作った短刀様の凶器で、1年にわたり4か所において娼妓を中心に殺人を繰り返して9名を死亡させ6名に重軽傷を与えた事件(昭和16年)、昭和20年の戦争末期に食糧不足を背景として俳優片岡仁左衛門一家の5人を手斧で斬殺した事件、そして終戦前後に、食糧の不足につけこんで、食べ物の買い出しに婦女子を誘って、10人の女性を強姦・殺人したいわゆる小平事件などがならんでいる。確かに耳目を集めた事件ばかりであろうし、呉や三宅の、日常的な小事件を多く含むテクニカルな精神鑑定書とは大きく性格を異にしている。凶悪犯罪への注目、それを起こした犯人の精神を知りたいという欲望、あるいは精神(鑑定)医のセレブ化も関係あるのかな。