チャールズ・C・マン『1491 – 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』

チャールズ・C・マン『1491 – 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』布施由紀子訳(東京:NHK出版、2007)
アメリカの優れたサイエンス・ライターの一人で、アスピリンの誕生から100年をまとめた『アスピリン企業戦争』という優れた著作もあるチャールズ・マンの傑作が翻訳されていて、喜んで読んだ。この書物の評判が高かったため、続編として1493という書物も書いている。

コロンブス以前のアメリカについて、アズテカ文明やインカ帝国などの例外を除いて、総じて原始的・プリミティヴで歴史的な変化に乏しかったというステレオタイプが受け入れられているが、現実はそうではなく、アズテカやマヤ以外にも、各地において、きわめてダイナミックに変化していた文明圏が存在していたという新しい姿を伝えている書物である。近年の考古学と生態学の研究を縦横無尽に使って、この姿を伝えている。特に、南北アメリカの各地に、コロンブス以前の原住民が手を加えた形で、自然と人間の活動の双方が織り込まれたランドスケイプが存在しているという議論は面白かった。もともとは授業で使えないだろうかと思ってみた本で、確かに事例などは面白いけれども、私の専門との距離がありすぎる話である。

一つ面白かったのが、「ホームバーグの誤り」と題された節で、アメリカの原住民に「非歴史性」「受動性」を読み込んでしまう力学を説明した部分であった。ホームバーグというのは、アラン・ホームバーグという人類学者で、1940-42年にかけてボリビアのベニ地方のシリオノ族をフィールドワークして優れた著作を書き、後にコーネル大学の人類学科の主任となった人物である。ホームバーグは、シリオノ族の飢え、貧困、衣服も家畜もない状態をみて、彼らは世界でもっとも文化的に遅れた人々であると断じた。ここには、先住民を救い難い凶暴な野蛮人とみるか、あるいは高貴な野蛮人として理想化して黄金時代の素朴さを発見するか、いずれにしても彼らに歴史がなく、白人だけが歴史を作ることができる行為者であったというモデルに基づく断定があった。

こういう理念の問題だけでなく、ホームバーグがこの観察をしたときに、シリオノ族は最悪の状態にあったということにも留意しなければならない。1920年代に天然痘とインフルエンザがシリオノ族に襲い掛かり、人口の95%が死んだ。また、白人による搾取も存在した。1940年のシリオノ族の生活は、難民のようなものであり、ホームバーグはそれを目撃して、シリオノ族を原始のままでいたと想像したのである。しかし、現実には、その地域は約1000年前に黄金時代を迎え、広範な地域に整然とした村や町を建設していた発展した文明であった。

それから、185ページから展開している議論は、フランシス・ブラックの有名な研究を引用したもので、これは、授業でも少し説明することにした。アメリカの原住民は、ユーラシアからわたってきた少数の人々の子孫なので、全体として見た時に、遺伝的な均質性が高い集団となる。そのため、ヒト白血球抗原(HLA)のプロフィールが単調で、ヨーロッパでは35以上のタイプが観察されたのに、インディオの集団では17以下にとどまった。(このあたり、自分で何を書いているのかよく分かっていませんが。)南米のインディアンでは1/3がほとんど同じHLAプロフィールを持っているのに、多様な集団による混血が繰り返されたアフリカを例にとると、この割合は1/200 になる。アメリカの原住民は、病気にかかったときに、同じような経過をたどってしまうのである。だから、死亡率が高くなるという議論である。