ナチス・ドイツの精神障害者のせん滅の内訳

Fuller-Torrey, E., and Robert H. Yolken, “Psychiatric Genocide: Nazi Attempts to Eradicate Schizophrenia”, Schizophrenia Bulletin, 36(2010), 26-32.
著者のTorrey は、精神病の疫学を不用意なデータで歴史に広げて議論をする悪い癖があって、歴史学の訓練を受けて精神医学史の研究に入った学者たちにしばしば批判されている。私は、歴史疫学自体は高く評価しているし、自分でも感染症でそのような論文を書くけれども、Fuller-Torrey の方法論の中核にある「精神病院の入院数を社会における患者数の代替指数にする」という発想は、お話にならないほど粗雑な前提だと思う。

この論文は、20世紀中葉のドイツを扱い、部分的には正確に記録されたナチスの精神障害者抹殺計画を論じたもので、重要な洞察がたくさんあって気持ちよく読んだ。議論は、ナチスはいったいどのくらいの精神病患者、特に統合失調症の患者を断種・抹殺したのだろうかという問いに答えるものである。

1934年から45年にかけて、法的に断種されたのは40万人で、当時の出産可能年齢の人口の約1%程度にあたる。1934年の診断によると、50%が精神薄弱(feebleminded )、25%が分裂病、16%が癲癇である。また、あるセンターの統計だと、断種のうち2/3が分裂病である。これから考えて(笑)、断種された人口の1/3くらいが分裂病だろう。一方、「安楽死」の名目のもと抹殺されたのは、まず1940-41年のAktion T4 がほぼ7万人、それに10万人が餓死したとされる。毒薬の注射などで殺害された人数は不明である。

断種のうち、半分が精神薄弱、四分の一が分裂病、その次が癲癇という数値にはっとした。これが「断種」から見た精神障害のランドスケープなんだ。精神病院から見た時と全然違う。