マクロビオティックスと流動する本質としての身体

Crowley, Karlyn, “Gender on a Plate: The Calibration of Identity in American Macrobiotics”, Gastronomica, 2(2002), 37-48.
マクロビオティックスは面白い道をたどって現在に至っているライフスタイルでありダイエット思想である。もともとは、西洋医学の還元主義に対する多様な批判が現れた19世紀から20世紀にかけてのオールタナティヴな健康法の一派として、日本で生まれたものである。中国の古典思想や石塚左玄などの思想から、桜沢如一が1920年代から30年代に完成したものである。これが、アメリカでは1960年代にエキゾティックな東洋のライフスタイル・ダイエットとして紹介されるとともに、当時のカウンター・カルチャーの中で色づけされた健康思想となった。すなわち、後期資本主義が生産する自然に反した食物に対抗する食システムであり、食を肉体に限らず精神を修養する手段とみなし、メインストリームの文化に対抗するライフスタイルという意味合いをおびた。それに呼応して、マクロビオティックスに対する批判は、右寄りの思想による左寄りのライフスタイルへの反対というモデルで行われていた。しかし、1980年代・90年代になると、マクロビはカウンタ-・カルチャーとしての意味合いを失っていき、食材は効果で手間がかかる階級の象徴であり、スタイリッシュなセンスをあらわすものになる。それとともに、マクロビの主たる批判者はフェミニズムとなる。フェミニズムにとっては、マクロビは、女性が美しい身体を目指すべきであるとされる社会において、食物のコントロールを通じて女性にある価値観を押し付ける思想の体現である。実際、「特定のダイエット的に正しい食材しか食べることができず、通常の食事を食べられない」精神疾患である orthorexia という疾病すら報告されている。マクロビが、もともと中国の陰陽思想に基づき、男性―女性の二極的な思想で食事と世界を語ること、家庭にいて他の人に正しい食事を作ることが女性の高貴なつとめであると考えている、ジェンダーについてあからさまに保守的な態度を取っていることも、フェミニズムによるマクロビ批判を固定的なものにする。

しかし、事態はそれほどシンプルではない。最も重要な点は、マクロビの陰陽思想に基づく食養生は、男性や女性に固定的な役割を与えるのではなく、集中的に力を発揮して攻撃的になる必要があるときには陽の食材を、逆にリラックスするときには陰の食材を食べる。つまり、男性性・女性性を微妙に調整していく手段としての陰陽思想なのである。ここにあるのは、ジェンダーについての固定した本質主義ではなく、それを流動させることを可能にする本質主義である。同じように、食べた食物が身体と精神を定めるという決定論ではあるが、個人が主体的に決定することに重きが置かれている。これは実践者を変化させるダイエットではあるが、その変化はスピリチュアルな変化でもある。マクロビオティックスが示していることは、医科学の還元主義を批判する目標で始まった運動が、フェミニズムが格好の批判の対象としてきた紋切型のジェンダーの固定的本質主義をあらわさずに、流動的にジェンダーを調整して主体性を与えていることである。