日本の戦争神経症

細渕富夫・清水寛・飯塚希世「日本帝国陸軍と精神障害兵士[II] ―国府台陸軍病院『病床日誌(昭和20年度)』の戦争神経症患者の症例」『埼玉大学紀要 教育学部(教育科学)』49(2000), no.2, 51-62.
来年の2月が締め切りで、日本の戦争神経症について、論文集の中の一章を書く機会を打診された。もともと研究してみたい主題であったから、喜んで引き受けた。そのための準備で、既存の研究を読みすすめはじめた。この問題については、清水寛をはじめとする一連の研究が、重要な人物や素材などを発見して特定するという、最も時間がかかる部分の作業をしてくださっているから、その恩恵にあずかることになる。

国府台陸軍病院 1938年から、精神疾患の兵士を集中して収容して治療するセンターとして機能。戦時中に10,453人が入院。うち4割は精神分裂病、11%がヒステリー、10%が頭部外傷性てんかん
浅井利勇 元国府台陸軍病院の軍医少佐。病床日誌の複写を作り保管している。
諏訪敬三郎 国府台陸軍病院院長、戦争直後に何本かの論文を書く
櫻井図南男 国府台で診療、戦時神経病についての系統的な論文を何本か書く
内村祐之 昭和20年3月に、外国の研究成果をまとめた戦争神経症についての総説論文を出版する
井村恒郎 国府台で診療を経験し、国立精神衛生研究所を経て、1960年代に戦争神経症についての論文を書く。
細越正一 終戦直後に国府台で戦争神経症を観察して論文を書く。1948年に北海道帝国大学から戦争ヒステリーについての論文に対し、博士号授与。後に秋田で文化功労章を授与される。
目黒克己 国立精神衛生所・社会復帰部で仕事?1966年に論文を書いている。