医学における理論と実践

Cook, Harold J., “Physick and Natural History in Seventeenth-Century England”, Peter Barker and Roger Ariew eds., Revolution and Continuity: Essays in the History and Philosophy of Early Modern Science (Berkeley: University of California Press, 1991), 63-80.
中世の医学の体系から近世の体系に至る変化を捉えようとした論文。基本的な枠組みは、アヴィケンナやイサゴーゲなどの中世から近世初期の医学の体系における「理論」「実践」と、フランシス・ベーコンとトマス・シデナムを経た後の医学の体系を比較するものである。医療を「テオリア」と「プラクティカ」の二つに分割することは中世アラビアの医学でも鮮明に表現され、中世ヨーロッパにおいてはアヴィセンナやイサゴーゲによって医学教育の中で定式化された。しかし、ここで「テオリア」「プラクティカ」と考えられたものは、理論と実践ではなかった。特に問題であったのは、「プラクティカ」であった。これは、医師が行う仕事をさすわけではなく、「テオリア」を用いて推論に達する知的能力が問題であった。これは実技の技術というよりも、テオリアを運用する知的技術の問題であった。これを反映して、オクスフォードやケンブリッジの医学部においては、17世紀になっても、医学は二つの部分にわかれ、一つは理論を学ぶ場であり、もう一つは理論をどのように運用したらいいか議論する場であった。正式な科目の中に臨床教育は入っていなかったのである。(これは使いたくなる史実)
 しかし、16世紀から17世紀にかけて、自然哲学の原理は大きな変動を迎えていた。そこではフランシス・ベーコンの観察重視が主流となり、医学においては患者の観察を重んじるシデナムが高く評価されていた。これらは「自然史」の方法であった。その結果、17-18世紀には、医学は科学と実践からなることを認めても、それはアヴィケンナの「テオリア」と「プラクティカ」の区別とは異なるものだった。むしろ、人体を自然史的に観察し推論することからこれらは現れるものであった