蝦夷地の壊血病

松木明知「弘前藩士山崎半蔵と蝦夷地の壊血病」『津軽の文化誌 V- 幕末期の医学・医療事情』(弘前:津軽書房、2012), 242-258.
弘前大学の麻酔科の教授であった松木明知は、優れた医学史の研究者であり、地元の東北や北海道を素材にした数多くの優れた仕事を発表している。学問的な誠実さが裏目に出て狷介な印象を与えることもあるが、それとこれは別の話であると私は思っている。精神医学史の岡田先生も同じことである。

いただいた書物の中に、幕末の蝦夷地における壊血病についてのさらなる論考があった。江戸時代後期から幕末にかけての蝦夷地を敬語した東北諸藩の越冬兵に多発した「水腫病」「腫病」は、漠然と考えられていたような脚気ではなく、ビタミンCの欠乏による壊血病であったという議論は、松木の優れた発見の一つである。蝦夷地の警護を命じた幕府はこの病気は重く見て、当時の幕府医学館の多紀安長や蘭学医の大槻玄沢に病の原因の究明を命じることをしている。二人の医の権威の解釈は一致し、いずれも、中国の古典医学、オランダ医学、そしてロシアで知られている「チンガ」という病気であるといっている。これらはいずれも現代の医学が言う壊血病と一致する。これは、グローバル化が進む19世紀において、各国の医学が参照される異質な体系が並置される医学的多様性の知的空間が作られたということであり、国境警護の兵士の死亡をまえにして中央の政権が生権力を発動したということでもあり、日本学研究の学者がちょっと気合を入れて論文を書けばすぐに注目を浴びるような主題であるが、その関係はすでに1970年代に松木が明らかにしている。

この論文では、松木が出してきた発見は、基本的には同じ議論のダメ押しである。警護兵を診た医者たちは、野菜の重要性が分かっていたこと、特に生大根が効果があることが分かっていたことなどがやや新しい。論文の後半で、NHKの番組がこの問題について番組を作るときに、あらかじめ松木先生に取材したにもかかわらず、番組では別の医者の意見を入れて脚気だと言っていたことに不平を述べている箇所がある。もちろんNHKに非があるけれども、こういうことを学術的な書物であるはずの文章に書いてしまうところが、松木先生のよくない所である。学者としてマスコミと付き合う時は、うまく付き合うか、付き合わないかのいずれかしかない。うまく付き合うことができないマスコミは、付き合わないことしか方法がない。私自身は、一度、新聞記事のための取材で懲りてから、マスメディアからの取材の申し込みはすべて断ってきた。もちろん、「すべて」と言っても、合計で片手で数えるほどしかなかったし、ちょっと残念だったけれども(笑)