川添裕『江戸の見世物』

川添裕『江戸の見世物』(東京:岩波書店、2000)
木下直之『美術という見世物』には、明治期の医学史の人体模型の作成には生人形(いきにんぎょう)の技術が活躍したという話が詳細にされていて、ゲーテの研究者で医学史を研究している石原あえかさんとハンセン病の病理模型の話をしていた時に、この書物にも「生人形」(いきにんぎょう)についての記述があると聞いたので目を通した。江戸学にふさわしい広く深い学識に基づいた内容が、まさに江戸の見世物の口上のような軽妙な口舌で語られており、「博識は楽しい」ということを実感させてくれる、非常に優れた新書である。

生人形は幕末から明治にかけて大人気を博した見世物で、肥後熊本の松本喜三郎らが細工した人形を用いて興行したものである。大阪・江戸での初興行はそれぞれ安政元年から二年である。その後、このタイプの生人形の見世物は爆発的に流行する。それらはいくつかの要素を含み、手長(てなが)、足長(あしなが)、無腹(むふく)、穿胸(せんきょう)などの異形の怪物たちを展示するという、ある意味で異常な他者の存在を造形し展示すること、鎮西為朝を主人公にした主題、それからマダム・タッソーのような同時期のニュースに題材をとった人形などが大人気となった。魅力の重要なポイントは、人形の肌の仕上がりが写実的で生々しい現実感があったことで、「ヴィーナスの化粧室」の主題のように、吉原の遊女が「内証」と呼ばれる空間で胸をはだけて化粧をしているエロティックなシーンも作られていた。別料金を払って遠眼鏡を借りて、望遠でみて楽しむこともできたとのこと。遊女のプライヴァシーと視覚的な道具と見世物とジャーナリズムと権力が組み合わされて、いろいろな定型的な学問的解釈ができる現象だが、とにかくなんて面白い史実なんだろう。

舶来動物の見世物を論じた章で、1824年にラクダの雌雄が一頭ずつ見世物になったことが記されており、そこで売られたラクダ・グッズの広告の分析で、ラクダの尿が色々な薬になるとされたこと、これはアラブの民間療法につながること、ラクダは「赤い」のでその絵を貼ると子供の痘瘡が軽く済むことなど、医学医療のトリヴィアも知った。