坂口安吾「黒谷村」

坂口安吾「黒谷村」
戦前の1931年に発表された中編で、出世作の一つ。青空文庫にある。雑踏の都会で不眠症にかかった神経衰弱の若者が、大学時代の友人で山深い村の寺の住職になった男を訪ねるという舞台である。「山里は猥雑な村であった」最初の日に入った居酒屋では女中が婬をすすめ、若い農夫は穂の間から朗らかな声をかけて夜這いに誘い、ワラビを干している娘は秋波を送る。友人の住職は情婦を持ち、毎晩のように寺の境内の石畳に足音を控えめに響かせて女がやってきた。物語は、村の祭りの夜の、祈祷のような盆歌と単調な円舞、夢うつつに聞くような人々の騒ぎで一つのクライマックスを迎える。主人公はここに北欧の乙女たちが初夏の野原に踊って歌う「ライゲン」を思う。