音楽と催眠―1800年からの歴史

Kennaway, James, “Musical Hypnosis: Sound and Selfhood from Mesmerism to Brainwashing”, Soc Hist Med (2012) 25(2): 271-289.
音楽と催眠というと、音楽療法に関心がある心理療法か何かの専門家がテクニカルな問題について素朴な論文を書くことを予想してしまうが、この論文は、18世紀から20世紀末までという長いタイムスパンといい、取り上げている素材自体の面白さといい、人々を惹きつけるに違いない。それを察してか、この論文はオープンアクセスになっている。数年後には、世界中で音楽と自己と催眠についての研究が雨後のたけのこのようになっているに違いない。

メスメルからヘビメタまでを取り扱っている。音楽は聴取しているものの自己抑制を圧倒するものであると捉えられ、催眠、自動反応、条件反射など、さまざまな医学上のメカニズムと組み合わせて音楽の危険が論じられてきた。そこには性の問題も常にからんでいた。メスメルの催眠術が glass armonica という楽器とともに行われ、それを通じて個人の意志が征服され、女性はガードが下がる。(だから『コシ・ファン・トゥッテ』ということになる)ワーグナーも問題になった。ニーチェワーグナーをまさしく「メスメリスト」と呼んだ。睡眠状態でワーグナーを聞かせると女性がオーガズムを迎えるかという実験もされた(すごい例だ・・・)1950年代には冷戦を背景にして音楽を用いた洗脳が問題になった。ヘビメタのレコードを逆に回すと別の曲が現れるとか、サタニズムに用いられているという議論がされた。