岩倉遣外使節団と欧米の医療(メモ)

岩倉遣外使節団は、岩倉具視を全権大使として46名からなる使節団をアメリカとヨーロッパに派遣したものである。1871年に日本を出発し、アメリカ―イギリス―ヨーロッパ大陸を回って1873年に帰国した。これを読んでいないことに気付いたので、目次から医療に関係ありそうな部分と目についた箇所を拾って読んだ。岩波文庫にオリジナルが入っているが、慶應義塾大学出版会から現代語訳が出ていたのでこちらを利用した。文献は、久米邦武編著『特命全権大使米欧回覧実記』水澤周訳・注(東京:慶應義塾大学出版会, 2008)になる。

 

1-92 オークランドの盲聾唖学校

1-226 西欧における婦人崇拝について。アメリカの男性が女性を崇敬した態度を取るのが目についた。米英においてこの傾向が甚だしく、元首が女王であるためと共和政であるため、男女同権論が強い。ワシントンに住む女医はシルクハットをかぶってズボンをはいて歩いて顰蹙を買っている。男女に自然的な違いは確かにあるのだが。

 

1-272 ワシントンの精神病院。広々とした敷地、鬱蒼とした樹木と庭園の中央にゆったりと建つ精神病院。男女別の病棟、病室には絵、生け花、窓には鉄の格子。室内の空気はきれいで涼しい。それは、(おそらく)作業用の製材所に蒸気機関室があり、その力でファンを回して、背後の森から清浄な空気を取り入れ、地下のトンネルを通って病院の内部に送り込んでいるからである。地下を通るので空気が冷えて、暑い時でも涼しくて新鮮な空気を得ることができる。

 

1-388-9 ニューヨークの手足が不自由な幼児を収容して治療する施設。134人の子供がいる。

 

2-185 マンチェスターの監獄、放射状のパノプティコンの建物で、フィラデルフィアのそれと同じ。仕事をしない怠惰な囚人は、水車を足で踏んでまわす規律的な訓練をうける。

 

3-120 ヴァンセンヌからパリに向かう途中にある軍の病院

 

3-162-168. パリの聾唖学校、盲学校。アメリカのものとの比較や手話のシステムなどを詳細に記述し、強い感銘を受けている。

 

3-271-275. ライデンの大学博物館、シーボルト・コレクション、ハーグの博物館の東洋コレクション。ハーグでは日本や中国のすぐれた美術品。日本で作られた両頭の蛇、竜の体、鬼の首、人魚などの剥製があり、中身を開いた結果偽物だと分かったが、当初は専門家たちがみても本物に見えてしまい、日本人の器用さを示すために陳列されている。

3-360 ベルリン大学病院、空気と換気の重要性、「貴族病院」は患者から治療費・入院費を取る。

4-89-93 サンクト・ペテルスブルグの乳幼児養護施設。「赤ちゃんポスト」のように、子供を生んだけれども自分で養育できない貧しい人々が子供を預けていく施設。 医学性が強い。他の国にもあり、政府、宗教団体、公立のものなどがある。

 

4-102-103. サンクト・ペテルスブルグの医学校付属の解剖学校。施設で医療を受けて病死した貧しい人々はみなここで解剖を受ける仕組みになっている。処刑者の解剖を行うか聞いたところ、それはしないとのこと。年間に600700体を解剖する。解剖後に縫合して政府が葬式を出す。ウサギやカエルを用いた実験もしていたし、オランダからきた豚の病気を起こす病原体を顕微鏡で見た [ 炭疽病だろうという註が入っていた ] 学生にはモンゴル人も満州人もいる。ヨーロッパではまだ珍しかった女子医学生もいる。女子がアルコール漬けの標本をスケッチしたり、切断した腕を調べていることには、相当驚かされたとのこと。

 

4-273 ミュンヘンの孤児院。

 

5-303-304. アラビア海のアデンで、水に潜って金を要求するもの、不潔で粗末な家に住む現地人(そして対照的に綺麗な家に住むヨーロッパ人)、売り買いのときの法外な掛け値などを経験。そのあとで、気候と国の発展についての奇術。熱帯は気候がよく自然資源も豊富なため、ほんやりと生命を送りがちだが、気候が厳しいところでは、知恵を働かせ、艱難に耐えて事業を始めようとする。「沃土の民は惰なり」という古い言葉もある。ヨーロッパの中でも、イギリスやフランスのような国が荒れて土地が痩せた国では文明の光が射している。スウェーデンやデンマークは言うまでもない。しかし、イタリア・オーストリアは、温暖で肥沃なため、文明の訪れは早かったが、既に退歩のきざしが見られる。スペイン・ポルトガルは言うまでもない。その土地の風土や習慣の中で、生活のために努力しようとする力の強弱が文明の隆盛と衰亡・停滞を作るのである。デンマークは、気候も悪く、ごく小さい国なのに、オーストリア・プロシアの大国の軍に屈しなかったではないか。

 

『回覧記』の記事は多様だが、中心は、政治・社会・法律・制度、輸送、農業、鉱工業、商業にあったから、医療関連の記述の量はこの程度かと思う。記述の質は高いものが多い。当時の欧米の関心を反映して病院のミアズマ説が多く紹介されている。盲聾唖の障碍、乳幼児の養育施設への関心が高いことには私自身が少し驚いた。精神病院の記述が一件というのは、こんなものだろうと思う。これは記述の不在であるが、大学病院を除くと、普通の病院の記述がほとんどないことは、深読みしたい誘惑がある。日本では江戸時代には公的な病院という制度は欧米に較べると圧倒的に少なく、明治以降も、最終的には病院は私立が主力となって発展したことと関連するのかもしれない。