Holly Dugan, The Ephemeral History of Perfume: Scent and Sense in Early Modern England (Baltimore: The Jonhs Hopkins University Press, 2011).
雑誌のチェック中に本書を激賞した書評を見つけて、すぐにKindle でDLして、<一挙動>で必要な箇所を読んでメモを取ることができた。まさにKindle が実力を発揮する状況であった。
まずイントロダクションが素晴らしい。「感覚の歴史」というリサーチの大きな潮流についての説明が明晰であり、その中でも「匂い」という特にエフェメラルな感覚の位置づけも明快でスリリングに書いている。全体としては環境・個体・空間にエフェメラルな形でまたがる何者かとして捉えている。環境から人体にはいっていって、その個体と同一化するものであると同時に、ある個体からその周囲の空間に出て行って、その個体の「主張」を空間へと拡張するものである。
イントロを除くと全体は6章立て、医学に関係がある2つの章だけ読んだが、それ以外の章も読みたかった。(宣伝のために書いておくと、1章が教会の香り、2章が宮廷の香り、5章が高級手工芸品の香り、6章が市場で売られる大衆向けの香り商品の議論である。全体で、宗教と権力の香り、医学と疾病の香り、市場の香りを分析するという構想である。)
3章は、イギリスの探検者が新大陸(コンタクト・ゾーン)から導入された香りが高い樹木で薬用(特に梅毒の治療薬)に用いられたササフラス sassafras を吟味している。ゆうめいなJohn Whiteの「現地民族の踊り」で手に持っている植物はササフラスである(に似ている)という。タバコやトウモロコシと並んで、ササフラスは重要な薫り高い薬用植物であり、新大陸に期待される重要な商品であった。4章はペストの流行時に防疫の目的で焚かれたローズマリーについて。ローズマリーはペストの流行時にその香りにペスト予防の効果があるとして焚かれた植物である。もともと高価な植物ではないが、ペスト流行時には多くの人々が求めたため価格が暴騰したという。この利用の仕方が実はよくわからないが、部屋に焚きしめたり、ポマンダーとして袋や容器に入れて持ち歩いたりした。 コンタクト・ゾーンの議論もそうだが、この疫病と予防薬の臭いの問題は、19世紀末の日本で用いられた石炭酸に対応するものである。
画像は pomander の Wilipedia からとった、16世紀のポマンダーの容器。