科学とファンディングの境界で働く「基礎研究」という概念

Jane Calvert, “What’s Special about Basic Research?”, Science, Technology, & Human Values, vol.31, no.2 (March 2006), 199-220.

 

科学社会学者による「基礎研究」の概念の分析。現在のアメリカ・イギリスの物理学者と生命系の科学者(24人)と、科学政策の関係者(26人)にインタヴューして、「基礎研究」という概念の曖昧性・複数性・機能を分析したもの。科学者によっても政策関係者によっても「基礎研究」は、「実用研究」との対比の中で用いられ、科学とファンディングの境界面において、プレスティージとリソースを獲得するための概念として用いられている。基礎研究あるいは「純粋科学」とは何かという定義は共有されていないし、個人が異なった意味で用いることもある。もっとも頻繁に起きることは、実用への貢献を要求されることから科学者を守るための概念である。逆に、科学者が自分たちの研究をある目的に「仕立てる」 tailor することに使う場合もある。基礎研究であると主張する場合もあるし、逆に実用性があると主張する場合もある。科学者たちは、そのような「仕立て」をよくすると認めているし、その「仕立て」によって彼らの仕事の内容は変わらないという。ファンディングの側が実用を重んじるように状況が変わると、その仕立てが替わるという。

 

 

ちょっと面白い些末なこと。アポクリファルなエピソードの登場人物の問題。もともとアポクリファルだから歴史的現実と違うという話ではないが、そこかかえって面白い。ファラデーの電気の実験をめぐって「いったい何の役に立つのか」「閣下、それに税金をかけることができるでしょう」という会話を交わしたのは誰かという問題である。もともとこの事件は典拠があやしいものだから史実という意味での正解はないが、通常の「正解」は保守党の政治家のロバート・ピールである。ところが著者のCalvert の勘違いなのか、イギリスの科学者の集団的な勘違いなのか、この人物をヴィクトリア女王としている現在の科学者も複数いるという。